レイトショーの独り言 その86

投稿日:

サスぺリア

言わずと知れた
1977年ダリオ・アルジェント作品の
リメイク。
んで、旧作を見直したんですが
赤、青を基本とした色調が
クドイというのは
あらためて実感。
なにしろオープニングの
ドイツの空港で、別に人殺しが
行われるわけのないシーンで
ライティングがまっ赤っか。
何か、わけのわからんもんが
忍び寄る感が迫ってきて
不安感満載の導入部。

物語は魔女が長生きするために
生贄を求めるというのが
ストーリーなんですが
得体の知れない恐怖について
例えば、怪獣なんかは
彼らには人間を襲っている
という実感は、おそらくない筈で
暴れまわったら、
たまたま人間が被害にあった、
そう台風や地震のイメージです。
ところが、相手が魔女とか悪魔だと
論理メタメタでも恐怖は
納得せざるを得ないんですよ。
ジャイアンがのび太を殴るのに
理由はなく、
彼らは人間が恐ろしがっている
というのは理解している筈で
魔女が人間界を滅ぼしても
「どうして~?」は
通用しない。
白黒版ゲゲゲの鬼太郎で
妖怪が理由もなく人間を溶かすシーン
があったんですが、
理由が見当たらないので本当に怖い!
ダルマが
「我々はここに引っ越すのだ!」
理由なしに居座られたら、
おしっこ洩らしちゃいますよね。

論理がしっかりしてしまうと
怖くなくなっちゃうんですよ。
ダリオアルジェントは
殺害のシーンからストーリーを
考えてしまうので、
どの作品でもストーリーそのものは
論理崩壊!しかし、だからこそ怖い!
つい最近、6期ゲゲゲの鬼太郎を
見たんですが、
たまたまかも知れないが
愛~勇気~感マックスで
全然怖くない(苦笑)

で、リメイクの本作品は残念ながら
「恐怖」は理由付けが
はっきり描かれてしまい、
単独の作品としては面白い!
ところが怖さが迫ってこない。

しかも
当然、旧作を知っている者としては
あーこっから殺されるんやな、
と身構えるんですが
えっ?そっち?
含めて、旧作から変わっているのは
バレエからダンス
何故、舞台を1977年という
旧作公開時に設定したのか?
1977年のドイツの空気感を
前面に出したのは何故?
ナチスの歴史を持ち出してきたのは
何故?
これらが回収しきれていない。
ダリオアルジェント作に
理由が無いのはダリオ教信者は
わかるんですよ。
あー、また理由づけしとらんな、と。
ところが本リメイク作は
監督の思いはおそらくどこかに
存在するんでしょうが、
理由づけしてもらわないと
わからんところを
投げっぱなしされてはねえ。。
て、ことで
背景を説明する必要のないところと、
理由付けが必要なところが、
ワタシとマッチしなかったので
今一つ乗れなかった次第。

特に、これはこれで面白いんだろうけど
本作の魔女は実はデビルマンだった!
てのが解せないですね。
(少なくとも私にはそう見えた)
えー!魔女やったら悪い事しな
アカンでしょ。
お前ら人殺しとるやろ、
と尋問に来た刑事さんに、
魔法をかけてアラレちゃんの
うんこツンツンならぬ
おちんちんツンツンなどが魔女でしょ!
ところが、私は世界を救うのだ!
って、なんかおかしくね?
お前、おかんからのDVで
盗み癖ついてたやん!
いつから改心したんや?
って、観ないとわからんですね。

ダコダ・ジョンソン
やっぱりええわ~
萌え~

クロエちゃん
何しに出てきたんや~?

旧作を知らない方は
面白いと思います!

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中